かつて「有限の自分が無限の宇宙を知ることは不可能である」と絶望して、華厳の滝に身を投げて自殺した青年がいた。しかし、幸田露伴は、「努力論」の中で、「人間は外から見れば、たかが80年程の寿命しかない存在であるが、その内には無限の宇宙を内蔵できる存在である」と指摘している。また、我々が時空を移動する速さは、相対性理論により、光速度の制約がある。しかし、埴谷雄高は、形而上小説「死霊」の中で、人間の思念は、一瞬の内に二十億光年を飛び越えることが出来ると指摘した。
幸田露伴の指摘の中には、有限と無限について考え方の指摘がある。視点をどこに置くかにより、世界の広がり方は、異なって見える。かつて人間は、地上から宇宙を見ていて天動説をとなえたが、目を地球外に置いたとき地動説が生まれた。それから視点を太陽系外、銀河系へと移すことにより我々の世界は、広がり、ビックバン理論により、宇宙の外に視点は拡大し、我々の宇宙が138億年前に誕生した有限の存在であることを明らかにした。さらに最新宇宙論では、宇宙が10次元構造で、我々の宇宙は、その中に生まれた
四次元の泡の一つとまで考えられるようになった。我々の宇宙は、この中に住むものにとっては、無限であるが、その外から見れば有限であり、その外には虚時間の無の空間がある。このような世界構造を古人は三千世界と名付けたのかも知れない。
時間の概念は相対論により、空間概念と結び付けられ、我々の宇宙では、ビックバンと共に生まれた。これは、光速度一定の原理を根底に持ち、我々は、光の速度の制約を受けるため、無限の宇宙を自由に航行するとは出来ない。しかし人間の思念は、光速度の制約を受けないため、宇宙を自由に飛び回ることが出来る。タイムマシンのごとく時間を遡ることも出来れば、はるかな未来にゆくこともできる。
このように悠久無限の宇宙を旅する乗り物これを私は、知の宇宙船と名付けた。
かつて八歳の孫に光より速いものがあるといったら目を輝かして「それは何?」と聞かれ「人間の思念だ」と答えたら「なんだ頭の中のことか」と失望された。しかしあの時私は、真剣だったのである。
「創造の思念は、光速よりも速く世界の果てを目指した
宇宙は、138億年もの歳月をかけて何を生み出そうとしているのか
探索するのは、光速の何万倍もの速度をもつ宇宙船
操縦するのは不死の精神
探索に必要な時間は、一瞬間」
(詩:悠久の銀河帝国を想うより)
なを、「知の宇宙船」は「来るべき世界」「永遠の探求」「技術の可能性」の三つの領域から
構成されており、これは、二番目のものである。