――忘れられなない手帳の記録・・スペイン戦争と思想をめぐって――

もう30数年も前のことになるが一つの新聞記事についていたく感動し、その感想を手帳に書きとめたことがある。この手帳は、引越しや整理のたびごとに捨てようとしたが、この中に書いたその感想を読み返すたびに、そのときの感動がよみがえりどうしても捨てられなかった。その手帳は、最後には、表紙とその感想文だけとなり、今手元にある。記事に感動した私は、その著者に向けて手紙を出す気持ちで、その感想を書いた。以下はその内容である。

スペイン戦争について

1985年3月26日

拝啓 法政大学教授 川成 洋様

1985年3月26日(火)付けの朝日新聞にあなたが発表された「スペインで戦死した無名の日本人ジャック白井の足跡たどって」と称する一文を読み貴重なる御研究に思わず感動しました。この一文の中で、何よりも私を感動させたのは、50年近くを経てもなお且つ若き日の思想を持ち続けて集まってきた元義勇兵達の存在とその持続せる思想の輝きです。ここに焦点を合わせて貴重な取材結果を発表されたあなたの視点に心から敬意を表するものであります。一人の人間が一つの基本的な観点、それは、リンカーン大隊の隊長だったミルトン・ウルフの「われわれは、未熟な反ファシストだった。今でも同じだ」の言葉に集約されるが、このような観点を貫くことあるいは貫ける思想を持つ事の困難さと素晴らしさに心から感動すると共に、この50年間の歴史の中に美しく光を掲げ続ける一群の人達がいたことを知り、これらの人達と同じ時代に生きた一時期を持てたことを心から喜ぶものであります。

私の中のスペイン戦争は、頭の中の歴史のひとコマでしかありませんでした。しかし、あなたの報道に接し、それらの歴史が、50年の時空を超えて突如私の日常生活に訪れたような衝撃を受けました。今私の中には、これらの人々のことが、その言葉が、思想が、帰還後のその生活と戦いが想像され、1日でも早く、これらの人々の真実に接したい思いで一杯です。2月24日、サンフランシスコの隣の町オークランドで上映されたドキュメンタリー映画「果敢なる闘争」とはどんな映画であったでしょうか。

そして50年の歳月を経てもなお、連帯を感じさせるリンカーン大隊の仲間とそれを結びつける思想とは、何だったのでしょうか。その思想の根本には、今日の我々が失いつつあり、しかも失ってはならない熱いものがあるように思えてしかたがありません。サラリーマンとしての仕事に毎日追われる経済大国日本の中で、一見平和な生活を送っている41歳の私も20年前には、「未熟な反ファシスト」でありました。そしてこの私とて「今でも同じ」です。しかし、残念ながら集まるべき仲間はいず、一人の孤独な「未熟な反ファシスト」にしかすぎません。しかし、あなたの一文によって、遠く離れた世代の中に同じ仲間をみつけ、心から励ましを受けた次第です。無名の日本人ジャック白井のことに関する探索を続けられ、貴重な研究結果を発表して下さるよう心からお願い申しあげます。

敬具

()ジャック白井(1900年?-1937年7月11日)は、スペイン内戦において人民戦線・共和国側の国際旅

団に志願入隊して参戦、戦死した日本人義勇兵。北海道函館市出身。生まれてすぐに両親に捨てられ、孤児院で育ったということだが、その前半生は謎に包まれている。

詳細『スペイン戦争―ジャック白井と国際旅団』 朝日選書 川成 洋