我が家は県道沿いにあるせいで、頼みもしない様々な訪問者がよく訪れる。そのあるものは、宗教団体の勧誘であったり、政党の署名活動であったり。飛び込みのセールスであったりする。また、思いがけないことで、助けを求められたりもする。しかし、時として思いがけなく動物の訪問を受けることがある。そのはじめは、次女がまだ幼稚園にあがる少し前のある朝のこと、新聞を取るために、玄関ドアを開けると玄関のたたきの上に一匹の蟇蛙がチョコンと座っている。これには驚いたが、目が合い、とっさに追いはらう仕草をするとそれは、すぐ付近の草叢に姿を消した。すぐに次女を呼び、蟇蛙がお嫁に貰いたいとやって来たぞと云うと娘は、なんとも嫌な表情のまま黙っている。悪い冗談を言ったと反省した。
最初の飼い猫の影千代が亡くなって間もなく家の玄関を訪れたのは、まだ生まれて数か月の白と黒のぶちの子猫であり、この猫は結局チビ小町と名づけ家で飼うことになり、これが我が家の最後の飼い猫となった。この猫を見送ってから20年以上経つが、この時以来、猫との関係を極力断ってきた。それには年のせいで猫の世話や生死にかかわりたくなくなったことが大きいし、10年程前のリニューアルの時に、自由に出入出来る猫用の出入り口を取り壊したことも関係している。
しかし、そんな年寄の気持ちなど関せずと猫達はやってくる。最初はそのことにあまり気が付かなかったが、ある時、家の裏で大きな音がするので、何事かと覗いてみると一匹の野良猫が、外に出してある生ごみのゴミ箱の中に頭を突っ込んで藻掻いている、コラと大声を上げると身をひるがえして一目散に逃げていった。大柄の野良猫らしき三毛猫であった。其の後ゴミ箱はひっくり返されぬ用固定した。それ以後、注意してみているとこの猫らしき野良猫がどうやら、我が家の周辺を生活圏内にしているようでその姿をちょくちょく見かけるようになった。そしてどうもときたま家のベランダで日光浴もしているようなのである。しかし最後の飼い猫以後は、猫との関係を断つようにしたので、見かけたら追い払うようにしていた。しかし、そんな気持ちを知ってか、猫の方もいったんバッと逃げるものの敷地境界線近くまで逃げると一端立ち止まり、私の気持ちを推し量るようにじっとこちらを見つめる。こんなことがたびたびおこるようになった。そして、その野良猫は、ついに5月の連休に遊びにやって来た7歳の孫娘にも目撃されるまでになった。
そして6月のはじめ事件が起こった。夕方、野良猫が死にそうな様子ベランダの横に倒れ込んでいると妻が云う。おそるおそる見てみると確かに瀕死の様子である。近づくと警戒の表情を浮かべ、動かそうとすると逆らってベランダの下に逃げ込もうとするが、たいして抵抗できず、簡単に動かされてしまう。見るからに、たいそう弱っている。死にかかっているといってもよいくらいだ。ほっておく分けにもいかないので、とのあえず皿に牛乳を注いで口元近くに持ってゆくと一瞬躊躇し、ジッと此方の目を見つめると敵意の無いことをみとめたのかすぐに舐め始めた。飢えで動けないのかも知れない。咄嗟にそう判断し、キャットフードを買いに近くのVドラッグに走った。三缶セットの一つをあけ、皿にもり、もう一つの皿に牛乳を注ぎ猫のもとに行くと驚くことに猫が2mばかり移動していた。最初の牛乳が効いたかもしれない。そこで、キャットブードと牛乳を与えるとキャットブードを数口食べ、牛乳を懸命に飲んでてる。これで様子を見ることにした。このとき、猫が横たわっていたのは、軒下のコンクリートの上であった。夜になり、雨も多少パラついてきたので、このままでは、身が持たないだろうと段ボールの寝床でも用意しようと見にいったらいつの間にか居なくなっていた。
家の近くの草叢にでも入り死んでいるかも知れない。そう思い翌朝丹念に家の周りを調べたが、姿は見当たらなかった。あんなに弱り、這うこともままならなかったのによく立ち去ったものだ。それにしても野良猫との不思議な関係であった。弱った猫の訴えるような眼差しに、思わず救助行動をした自分とその行動を受け入れた猫との間には、生死の境における言葉にならない対話があったような気がした。
あの猫には、自分が動けるようになる。それ以上の助けを求める気はさらさら無かったような気がしてならない。私がした行為は、生き物としての最低限のことであったが、あの猫は、一瞬だけ自分の生死を未知の存在である私の善意にゆだね、その場を生きる伸びることを選んだ、それは猫にとっての猫生最大の出来事だったに違いない。
あの猫は、その後姿を見せない、その理由は分からないが、その後どこかの林の片隅で静かに終末を迎えたかも知れないし、以外と飼い猫であったりして、もう遊び癖を止めてどこかの家の片隅で静かに余生を楽しんでいるかも知れない。しかし、出来ることならもう一度、元気な姿を見せ、あの時を振り返るようにじっとこちらを見つめて欲しい。了